戦後80年の広島・長崎へ

 戦後80年の広島・長崎へ。
 8月6日、広島で田村智子委員長はじめ国会議員団や、広島県委員会と地方議員の皆さんとともに慰霊碑に献花を行い、原爆の惨禍を二度と繰り返さないと固く誓いました。平和祈念式典、原水爆禁止世界大会に参加し、原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」に入所者を慰問させていただきました。
 8?9日、長崎でも国会議員団と長崎県委員会、県議・市議で、日本赤十字社の「長崎原爆病院」と「恵の丘長崎原爆ホーム」をお見舞いと慰問し、松山爆心地公園でも献花を行いました。長崎市平和記念式典に参列。「長崎を世界最後の被爆地にするためにも、世界中から核兵器をなくさなければ」と強く語る現地の皆さんの思いに比べても、石破首相の「核抑止力」に頼る姿のなんと情けないことか。
 改めて、被爆80年の年に行われた参院選で議席を得たことの重みを感じています。日米訓練でも米軍が核兵器を使用するシナリオを議論し、核の脅しの「抑止力」の中でしか物事を見ることができない自民党政治の行き詰まりを変える力は、被団協のノーベル平和賞受賞にも現れているように、平和を求める人たちの力の結集だと確信しています。
 急逝された故原口前長崎県委員長宅、故今田真人前佐賀県委員長宅を弔問。当選の報告と安らかにお休みくださいとお伝えしました。佐賀では「女性後援会」が集まってくれました。新しい議席を喜び合い、力を合わせて頑張っていく力となりました。

(8月24日付各県「民報」に掲載)