優しさゆえの句読点

 「マルハラ」って知ってます?愛媛の青年企画「若者×白川よう子トークライブ」で、ある青年が「マルハラに悩んでます」と呟いた。マルハラとは「LINEなどのやりとりで文末の句点を威圧によるハラスメントと感じる」というもの。
 はて?日本語なんだから当たり前でしょ?と思いつつ、最近はSNSのやり取りで文末に気をつかっている私がいる。歌人の俵万智さんは、マルハラについて「優しさにひとつ気がつく ×でなく○で必ず終わる日本語」とよんだ。
 金言に心打たれながらも、前から気になっていた「句読点」について調べてみた。
 私は小学生の時、先生から、助詞の「を」には読点(、)は付けないと教わったことを鮮明に覚えていて、ずっと大事にしてきた。しかし最近は新聞などでも「を、」が使われていることがあり、しんぶん赤旗でもそれを使用しているのを見かけてとても気になっていた。記者さんなどにも直接尋ねてみたが、「を」に読点を付けないと教わったことはないと。
 最近読んだ『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆著・集英社新書)で知ったが、江戸時代は読書といえば「朗読」で、明治時代初期に「黙読」が誕生し、読書界に革命が起きた。黙読の普及によって、目で読みやすい表記として普及したのが「句読点」であると。
 「を」に読点を付けないのは文法として正しいが、読みやすさのために読点を付ける場合があるということも調べてみてわかった。いずれも優しさだ。

6月9日付四国各県の「民報」に掲載